はじめに

(「近代日本の七つの戦争」の「はじめに」の文章です。実際の書籍の文章は縦書きで、読みの難しいと思われる漢字には、ふりがなをふってあります)

 「我々は徳川幕府の昔から鎖国主義で満州も台湾も不要であったのに、貴国からペルリ(ペリー)が黒船に乗ってやって来て大砲でおどかして門戸開放を迫り、日本を世界の荒波の中に押し出し、自ら侵略のお手本を示した‥‥元凶はペルリだ。ペルリをあの世から呼んできて戦犯としてはどうか」(横山臣平著「秘録石原莞爾」芙蓉書房出版)

 終戦の翌年の一九四六(昭和二十一)年初頭、入院中の満州事変の主謀者石原莞爾元陸軍中将は、東京裁判の資料収集にやって来たアメリカ人検事にこう言った。G・H・Q占領下にあった当時の日本で、こんなことをアメリカ人に言うとは常識では考えられないことだったが、陸軍きっての鬼才といわれた石原莞爾ならではの言葉だった。石原はかなりの皮肉を込めて「元凶はペルリだ」と言ったようであるが、日本が西洋列強の侵略から自国を守るために自ら侵略国となっていったことは事実である。

 十九世紀、アジアは西洋列強にことごとく侵略された。東南アジア、南アジアだけでなく、これまで東洋に君臨してきた中国までが半植民地状態の危機に瀕していた。日本はアジアの現状を知って驚愕し、侵略を防ぐために富国強兵政策をとり、列強と肩を並べようとした。

 しかし、列強と肩を並べようということは、列強と同じく周辺地域に侵略を行なっていくということだった。日本はまず台湾を植民地とし、その後、朝鮮、そして、中国大陸に侵出、果ては広大なアジア・太平洋地域にまで手を伸ばした。しかし、あまりに広大なその地域はとても日本の国力で対処できるものではなく、結局、一九四五(昭和二十)年、軍国主義日本は崩壊した。

 日本の犯した罪は重い。アジアへの侵略、敵国人に対する虐待・虐殺、また、日本国民に対しても、神風特攻をさせるなど人間の生命をあまりに軽んじた。とくに特権意識をもつ軍部、とりわけ、昭和に入ってから常に政治に介入し、強硬論を主張した陸軍の責任は重大である。

 しかし、列強の外圧が日本の運命を狂わせたという面も重大である。その初めての外圧が黒船来航だった。であるからこそ、石原将軍は「元凶はペルリだ」と言ったのだ。明治維新以後、日本は国力を蓄え、清国を破り、ロシアを破り、朝鮮半島を支配し、それまでの列強が保っていた世界の勢力バランスを崩していくことになった。そして、第一次世界大戦に乗じて日本がさらに勢力圏を広げると、列強は日本を警戒し、干渉し、孤立させた。

 昭和に入ると日本軍部は暴走し、その結果、何千万、何億という人々の運命までが狂わされることになった。このように考えていくと、幕末から太平洋戦争までの日本の近代史は、外圧と暴走の記録であったといってもよい。

 「近代日本の七つの戦争」は、日本の幕末から太平洋戦争の敗北までを連続した大きな流れとしてとらえて、一冊の書物にしたものである。タイトルからもわかるように、本書は近代日本の最大の特色であった戦争を中心にして記述されている。これまで、近代日本の行なった戦争を一冊にまとめた書物は、著者の知るかぎりはない。

 ただし、本書は日本近代史の入門書であって専門の戦史や外交史の本ではない。著者自身、専門の研究者ではなく、教科書会社で歴史教科書や地図帳の編集に携わった若干の経験があるだけである。しかし、歴史書は研究者たちだけのものではない。むしろ、一般の人たちのためにこそあるべきものである。

 本書は、一般の人たちが手軽に読めて、日本近代史を知る手助けになることを目標としている。「近代になって日本ではどのような戦争が起こり、いったいそれはなぜ起こったのか? そして、その後、日本や世界はどのように変わっていったのか?」をできるかぎりわかりやすく、また、先入観や感情にとらわれることなく客観的に、信頼できる情報に基づいて記述するようつとめた。

 そのため、ひとつひとつの事件を詳しく記述することよりも、全体の流れや因果関係に重点を置いている。当時の時代背景や諸外国との関係、その後の状況の変化などに多くのページをさいた。ただし、戦闘そのものについてもかなりの程度状況は書いてあるので、十分概況を知ることはできるはずである。

 本書は、幕末・明治維新期から太平洋戦争までを第一章から第七章までの七つの章に分類して、各戦争ごとに記述している。ひとつの戦争だけを知りたい場合には、その章だけを読めばわかるようになっている。また、中国についても、中国近代史の始まりといわれるアヘン戦争から日中戦争後の国共内戦、中華人民共和国の成立までを記述しているので、中国の近代史も相当の部分をカバーしている。

 歴史を学ぶ本来の目的は「温故知新(故きを温めて新しきを知る)」だといわれる。私たちは過去の記録を心にとどめて、教訓として将来に生かしていかなくてはならないと思う。本書が、少しでも読者の方々の日本近代史を理解する手掛かりになり、二十一世紀の日本や世界のあり方について考える手助けとなれば、これにまさる喜びはない。

 さまざまな体験談を聞かせてくれた師、旧日本陸軍大尉臼井唯行先生の墓前に本書を捧ぐ。

一九九八(平成十)年四月 浜 春輝

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